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フリースクール助成金と技能実習に共通する、入口だけの制度設計

フリースクールの動きを見てきたせいか、外国人雇用の現場も同じように見えることがあります。

我慢して学校へ行くべき、といった根性論はいったん置いておきます。一定数、既存の学校の学び方が合わない子どもというのは、実際にいます。インターナショナルスクールが近くにあるわけでもないし、あったとしても引っ越せるような経済的余裕もない。チャレンジスクールやバカロレア対応校が住んでいる地域にあるわけでもない。とはいえ、どこかに所属させていないと不安だし、勉強のことも気になる。そういう家庭は少なくないはずです。

そこに、国がフリースクール助成金を始めました。

予想はしていましたが、まともなフリースクールがどれくらいあるでしょうか。介護施設が制度面での運営を考えてデイサービスを開業しまくった時期があったように、フリースクールも増えました。ただ、所属できる生徒数がそんなに増えたかというと、そうでもありません。勉強をしっかり進め、進学の道もあるように勧めているところが多いかというと、それもそうでもありません。要は、大人の事業のブランディングに利用されてしまっているケースが多いのです。

もちろん、まともなところもあります。しかしそれは、助成金ができる前から手弁当で頑張っていて、助成金ができたことで余裕ができたから活動を広げているだけです。新しく手をつけたところの大部分は、教育自体や、学校へ行かないことで何が困りごとなのか、何を大人が提供すべきなのかわからないまま、ワークショップ開催などで「やってる感」を出そうとします。

それと同じにおいを、技能実習などにも感じてしまいます。

普段からそこに課題感を感じていて、苦しいながらも進めていたところに助成金がついた、という場合と、助成金があるから手を付けてみるか、という場合は違います。フリースクールであれば、本来見るべき「子どもにとって必要なこと」を見ていません。外国人雇用であれば、来てしまった外国人の、他国での生活そのものに目を向けていません。

「大人だからいいだろう」という話ではありません。大人であれば、もっと生活力や日本語力がついてから来日すべきです。それを、中途半端(N4、N5)でもいいという制度にしてしまっているのですから、呼んでいる機関側が対応すべきなのです。

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制度を作る側が現場を知らない、という構造

そもそも、現場をよく知らずに制度や仕組みを作る国が悪いのですが、進学校で机に向かって学び、一流大学でも机に向かって学び、安定した環境の中でフィールドワークに出た結果を格式高い書類にまとめて——という積み重ねの上に制度ができているのだとすれば、ある程度は仕方のないことなのかもしれません。

自分がタワーマンションに住んでいて、技能実習で来日した人に生活サポートがなく日本に順応できず、生活のため、もしくは仕送りのため、自国の家族へのプライドのために、犯罪に近づいてしまう人の思考は、想像できないでしょう。もちろん、一部は最初から犯罪目的で来るタイプだとは思いますが、それはどこの国でも一定数存在するものです。

外国人を救いたいのではない

だから、外国人を救いたいというのが出発点ではありません。作ってしまった制度で、連れてきてしまったのであれば、きちんとすべきだ、という考えです。制度がなければ、そもそも来なかったのですから。

夢を見て来日したのであれば、特定技能や高度人材になれるルートと育成を用意する。そうでないなら、そもそも受け入れない。そのあたりをもっと整備すべきだとは思いますが、現状の部分をサポートすることが、日本社会を保つことにもつながると考えています。

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